特殊詐欺の対策を強化するため、大阪府では、高齢者が携帯電話で通話しながらATMを操作することを禁止する改正条例が、24日成立しました。全国で初めて、府民と事業者の双方に対応を義務づけるもので、どのように実効性を高めていくかが課題となります。
特殊詐欺を防止するため、65歳以上の高齢者が携帯電話で通話しながらATMを操作することを禁止する規定などを盛り込んだ改正条例は、24日、大阪府議会で成立し、ことし8月1日から段階的に施行されます。
改正条例では、府民だけでなく、金融機関などのATMを設置する事業者にも注意喚起のポスター掲示などの対応を義務づけていて、府によりますと、こうした措置を義務化するのは全国で初めてだということです。
一方で、違反した場合の罰則はなく、AIカメラの設置など、通話を禁止するためのシステムの導入は努力義務にとどまっています。
府では、▼警察と連携してポスターを制作したり、▼ATM本体に掲示する張り紙を制作したりして、改正条例の内容の周知を進めることにしていて、今後、どのように実効性を高めていくかが課題となります。
大阪府危機管理室の濱岡亮課長補佐は「条例でルール化することで、電車の中では携帯電話で通話しないのが当たり前になっているのと同じように、ATMでも携帯電話で通話しないことを常識にし、被害を1件でも減らしていきたい」と話しています。
【条例改正の詳細と背景】
大阪府が今回、条例の改正に踏み切った背景には、極めて深刻な府内の特殊詐欺の被害状況があります。
去年(令和6年)の被害額は、速報値で63億8000万円余りで、1日あたりおよそ1700万円がだまし取られている計算です。
被害件数は2658件で、被害額、件数ともに過去最多となりました。
手口別に見ると、最も多いのが医療費などの還付が受けられるとうそを言ってATMを操作させる「還付金詐欺」で、全体の4割余りとなる1149件でした。
「還付金詐欺」は、犯人側が電話でATMの操作方法を指示しながら現金を振り込ませる手口が特徴で、このうち、およそ9割の1034件はATMの前で携帯電話を使用して被害に遭っていました。
また、府警察本部がおととし(令和5年)の被害状況を分析したところ、▼還付金詐欺の95%が金融機関の営業時間外の利用を含めた無人ATMから振り込まれたもので、▼被害者の93%が65歳以上だったことなどから、府は、ATMでの対策を強化することを決めました。
改正条例では、▼65歳以上の高齢者が携帯電話で通話しながら操作することを禁止するため、金融機関などATMを設置する事業者に対し、ATM本体や利用者から見えやすい場所にポスターを掲示するなどの措置をとることを義務づけています。
また、▼コンビニなどで5万円以上のプリペイド型の電子マネーを販売する際に、詐欺のおそれがないか確認することや、▼過去3年間にATMから振り込みを行っていない70歳以上の高齢者を対象に、ATMでの振り込みの上限額を1日あたり10万円以下に引き下げること、それに、▼不自然な入出金などを発見した場合に、金融機関が警察に通報することなども、それぞれ義務づけられています。
金融機関やコンビニなどの事業者にこうした措置を求めることについて、大阪府は、「一度、だまされてしまうと、なかなか自分自身で気付くことは難しい。事業者には負担をかけることになるが、水際の最後のとりでとして対応をお願いしたい」としています。
【詐欺の電話受けた高齢者は】
特殊詐欺の電話を受け、ATMで現金を振り込むよう指示された経験があるという80代の男性が取材に応じ、「相手の話術が巧みで、どうしたらいいか分からなくなった」と当時の心境を語りました。
大阪・港区に住む塩崎専一郎さん(82)は去年7月、身に覚えのない料金などの支払いを求める「架空請求詐欺」の被害に遭いそうになりました。
携帯電話に突然、「NTTの野村」を名乗る人物から連絡があり、「未納料金がある」などとして違約金の支払いを求めてきたということです。
ATMで現金30万円を振り込むよう指示された塩崎さんは、そのまま近くの郵便局へ向かいました。
携帯電話はつないだままにするよう言われ、移動中も「支払わなければ訴えられる」などと脅されたと言います。
当時の心境について、塩崎さんは「身に覚えがなかったので、はじめは話の内容が理解できず半信半疑でしたが、相手の話術が巧みで、しだいに自分が誰かに迷惑をかけたような感覚に陥りました」と振り返ります。
郵便局に着いた塩崎さんは、指示されるまま現金を振り込もうとしましたが、ATMの操作で分からない点があったため、その場にいた職員に尋ねました。
この職員が特殊詐欺ではないかと疑い、警察に通報。
この時点でも犯人側とのやりとりは続いていましたが、駆けつけた警察官が電話を代わったことでだまされたことに気付き、被害に遭わずに済んだということです。
塩崎さんは「相手はとにかく電話を切ろうとせず、『今すぐ振り込んだら何とかなります』などとたたみかけてくるので、どうしたらいいか分からなくなりました。郵便局の職員が声をかけてくれて本当に助かりましたが、周囲に相談できる人がいない高齢者などはいったん電話を受けるとだまされてしまうと思います」と話していました。
【対策進める金融機関も】
特殊詐欺の被害を食い止めようと、大阪府内では条例の改正に先駆けてATMでの対策を進めている金融機関もあります。
<“AIカメラ”を導入>
このうちゆうちょ銀行では、ATMに設置された防犯カメラの映像をAIが解析し、警告を出すシステムを導入しています。
具体的には、利用者が携帯電話で話しながらATMの前に立つと、AIがその動作を検知して警告音が鳴るとともに、画面上に「その電話は詐欺です!今すぐ電話を切って」などと表示される仕組みです。
このシステムをおととし(2023年)試験的に導入して効果を検証した結果、AIが検知する確率は85%に上ったということで、ゆうちょ銀行では去年から全国のATMコーナーで順次、設置を進めています。
ゆうちょ銀行ATM事業部の神野太郎さんは「ATMにAIカメラがあることで“見えない防犯”の効果にもつながっていると思います。今後も顧客の財産を守り、被害をなくすために努力していきたい」と話していました。
<“声かけ”を徹底>
大阪の北摂地域を主に担当している「北おおさか信用金庫」では、ATMの前で高齢者などに対し、積極的に声をかける対策に取り組んでいます。
先月(2月)18日には吹田市にある4つの支店の職員が集まり、警察が開いた「声かけ」の講習会に参加しました。
この中では、▽利用者にATMを訪れた理由を聞くなどして会話を続け、詐欺と疑われる振り込みの指示を受けていないか確認するとともに、▽不審な点があればすぐに電話を切ってもらい、警察に通報するようアドバイスを受けました。
また、ATMの前で高齢者役の警察官に声をかけるロールプレイングも行われ、職員たちは「電話しながらの振り込みはやめてください。急ぎでなければ電話を切ってください」などと呼びかけていました。
講習会に参加した40代の男性職員は「どういう線引きで声かけをすべきか、判断が難しいと感じます。お客様にとっては余計なおせっかいと受け止められることもあると思いますが、お客様の資産を守ることにつながるので、しっかり対応していきたい」と話していました。
また、20代の女性職員は「通話をやめるよう声をかけるのは勇気がいりましたが、会話のひとつとして『こういう詐欺があるので気をつけてください』などと一人ひとりに声をかけていくことが大切だと感じました」と話していました。
【識者「官民協力し対策を」】
大阪府の改正条例について、特殊詐欺の対策に詳しい立正大学心理学部の西田公昭教授は、「今までの詐欺対策は、手口を伝えて、『気をつけてね』と注意を呼びかける意識の啓発に重心をかけすぎていたが、人は四六時中、注意することはできない。行動をとろうと思ってもとれない環境をつくったほうが効果的だ。大阪府は、注意喚起といった古典的な手法ではダメだということに気付いて変えようとしたのだと思う。対策を一歩進めることは一定の評価はできる」と話しました。
そのうえで、対策の実効性を高めていくためには、事業者だけでなく府民1人1人の意識が重要だとして、「携帯電話を持ちながらATMを操作することはダメだと全体が理解していれば、そういう人を見つけたときにみんなで助けることができるし、『ダメだ』とか、『被害に遭っているよ』と言えると思う。そのためにも行政は、なぜ条例が必要なのかを丁寧に府民に説明して、官と民が協力しあう形を作っていく必要がある」と指摘しました。